【ミュシャの絵】アール・ヌーボーを代表するアルフォンス・ミュシャの代表作と生い立ち

ミュシャ

ミュシャの絵~アールヌーボーを代表する画家ミュシャ

4つの花(ミュシャ)

皆さんこんにちは。

JOFAアートスクール校長
曼荼羅アーティストのMASAKOです。

本日のテーマは

「ミュシャの絵」

わたしが描いている
曼荼羅アートでも
アールヌーボー的な花や宝石を
自然物の曲線を交えながら描くと
とっても楽しくて綺麗です。

ミュシャの絵は勉強になります。

 

ミュシャはアール・ヌーボーを代表する
今も人気の画家ですね。

真面目で誠実な仕事ぶりが
周りの人に信頼されて
色んな人に応援されたミュシャ。

そんな人柄が表れたような
温かくて優しいミュシャの絵。

ポスター、装飾パネル、カレンダーや
絵はがき、文具でもおなじみです。

ミュシャの作品は
花や星、宝石など様々な自然物
美しい女性の姿と
アール・ヌーボーらしい優美な曲線
表現するスタイルです。

 

では「アール・ヌーボー」
とは何でしょうか?

まずはここから説明していきます。

ミュシャの絵~アール・ヌーボーとは?

ミュシャ

アール・ヌーボーとは?

「曲線的・自然美」

1890年代から1910年代に
欧州各地に広まった
国際的な世紀末芸術運動・様式の仏語名称。

日本趣味推進者として名高いパリの
S・ビングの装飾美術品店名
(1895年開店)
に由来。

アールヌーボーとは

英語でモダン・スタイル、
独語でユーゲント・シュティールなど、
名称は多々ある。

代表的雑誌に『The Studio』。
アーツ・アンド・クラフツ運動
象徴主義とも連動。

折衷的歴史主義に陥った
既存の芸術様式を革新し、
高等芸術・応用芸術間の垣根を払った
総合的な生活芸術様式の創出を目指すもの。

造形の特徴は
ジャポニズム等の影響を受けた植物文様や
有機的曲線の多用
です。

葛飾北斎などの日本の浮世絵にも
影響を受けています。

葛飾北斎の浮世絵については
こちらで詳しく解説しています。

葛飾北斎とは 浮世絵、武勇伝、映画、名言

 

アールヌーボーは
近代工業社会への反発から
手工芸的装飾芸術の復権を目指したのに

結果的に富裕層に人気が出すぎて
批判されました。

アールヌーボーは華麗なので
いかにもゴージャスなセレブ好みなので
これは仕方ないかな。
納得できますよね。

作り手から見ると
シンプルなものより手間暇もかかるし
材料代もかかるので
無理もないと思います。

1900年パリ万国博覧会くらいが
アールヌーボー運動の最盛期

あとは
大量生産を求める時代要請に応じられず
急速に衰退してしまいます。

しかし
あまりにも美しいので
50年代にあった一連の展覧会によって
また再評価されるのです。

アールヌーボーとアールデコについては
こちらで詳しく解説しています。

是非ご覧ください。

↓   ↓   ↓

アールヌーボー、アールデコ~葛飾北斎のジャポニズム

 

ミュシャの絵~アール・ヌーボーの代表作家

ウイリアムモリス

アールヌーボーの代表作家は

①アルフォンス・ミュシャ

アルフォンス・マリア・ミュシャは
チェコ出身の
グラフィックデザイナーで
イラストレーターで画家です。

そして

「アーツ・アンド・クラフツ運動」
アールヌーボーの先駆けとなった
詩人でもありデザイナーでもある

②ウィリアム・モリス

 

③ルネ・ラリックも有名ですね。

ただし、ラリックは
アール・ヌーヴォー
アール・デコ
両時代にわたって活躍した作家です。

イギリスではガラス作家の
④エミール・ガレ

トンボなどをモチーフにした
優美なガラスのランプシェードは
今も人気です。

 

ほかには

A・ビアズリー、

H・ヴァン・デ・ヴェルデ、

V・オルタ、

など。

参考:現代美術用語辞典 、Wikipedia

ミュシャの絵~画家アルフォンス・ミュシャとは

アルフォンス・ミュシャ自画像

画家のミュシャさんのフルネームは

アルフォンス・マリア・ミュシャ
(Alfons Maria Mucha)

1860年7月24日 生まれで
1939年7月14日 没。

ミュシャは、チェコ出身なので
チェコ語では
「ムハ」が正式な発音だそうです。

「ミュシャ」はフランス語の発音です。

自画像を見ると
真面目で優しそうな方ですね。

 

職業は
・グラフィックデザイナー
・イラストレーター
・画家

 

ミュシャの絵~アルフォンス・ミュシャの生い立ち

 

ミュシャは1860年7月24日に

オーストリア帝国領モラヴィアの
イヴァンチツェに生まれました。

ブルノ中学校に入り教会の聖歌隊に。

最初は音楽家を志していました
1875年に声が出なくなり諦めます。

15歳くらいなので変声期でしょうかね?

そのコーラス・グループの仲間に
後に作曲家として名を成す
レオシュ・ヤナーチェクがいました。

そんなわけで
ミュシャは一時期音楽家を志したせいか

その絵画もどことなくメロディアスで
優雅なリズムを奏でています。

 

ミュシャの絵~アルフォンス・ミュシャ、絵を学ぶ

ハンス・マカルト(画家の王)

ミュシャはもともと
合唱隊の聖歌集の表紙を描くなど
絵も得意な少年でした。

中学校を中退して地方裁判所で働きますが
19歳でウィーンへ。

舞台装置工房で働きながら
夜間のデッサン学校に通います。

この頃、ハンス・マカルトの作品に触れ
とても影響を受けました。

ハンス・マカルト(1840~1884年)は
「画家の王」と呼ばれた
ウィーン美術界を代表する
オーストリアの画家です。

ハンス・マカルト(画家の王)

極彩色、享楽主義、装飾的・・・
貴族的でハッとするくらいゴージャス!
美しいですよね~。

ハンス・マカルトは
絵画、舞台デザイン、インテリアデザイン
ファッションなど他分野で活躍しています。

 

ミュシャの絵~アルフォンス・ミュシャ、パトロンと出会う

ミュシャは2年後に失業しますが
1883年にクーエン・ブラシ伯爵と出会い
その弟のエゴン伯爵がパトロンとなりました。

才能を見出されたのですね。

欧米のこのころは
パトロンが画家を育てる良い時代です。

そして25歳のときエゴン伯爵の援助で
ミュンヘン美術院に入学、卒業して

28歳で
パリのアカデミー・ジュリアンで学びます。

 

ミュシャの絵~アルフォンス・ミュシャの出世作

Gismond(ミュシャ)

ミュシャの出世作は1895年
舞台女優サラ・ベルナールの芝居用に作った
『ジスモンダ』のポスターです。

舞台女優サラ・ベルナールは
年の瀬に急遽、ポスターを
発注しなければならなくなりました。

でも、年末の長期休暇中ですから
有名な画家は誰もパリにいない・・・

どうしましょう・・・ってなった時に

ちょうど印刷所で働いてたミュシャ
飛び込みで依頼されたそうなんです。

そしてこの作品。

細部にわたる美しくて繊細な装飾
威風堂々とした女優の姿。

このミュシャのポスター作品は
当時のパリにおいて大好評

あっという間に
まさに一夜にして
ミュシャは
アール・ヌーボーの代表作家として
その地位を不動のものにしました。

 

さすが真面目なミュシャさん。

年末も休み返上で
働いていてよかったですね!
チャンスはどこにあるか
分からないものです。

あっ、私も年末働いてま~す!
こういうオーダー歓迎で~す!
(何のアピールだwww)

またサラ・ベルナールにとっても
この『ジスモンダ』が
フランス演劇界の女王となる
出世作となったようです。

その後もサラ・ベルナールはミュシャに
「椿姫」

「メディア」

「ラ・プリュム」

「トスカ」

など、ミュシャにポスターを依頼しました。

 

人生の歯車がカチッとあった瞬間ですね。

もし年末じゃなかったら?
他の有名画家に依頼が行っていたところです。

偶然が重なって
ミュシャの実力ももちろんあって
色んなタイミングで人生は大きく変わる。

スゴイですよね~。

このエピソードはまるで映画のように
私の頭に浮かんで、胸が熱くなりました。


シンデレラ・ストーリーって
あるんだニャ~

それもこれもミュシャの
不断の努力と画力あってのこと♪

ミュシャの絵~ポスター

サラ・ベルナールのポスターの他にも
ミュシャは多くのポスター制作を行いました。

・煙草用巻紙(JOB社)・・・大人気!

JOB煙草用巻紙(ミュシャ)

妖艶な女性の髪の描き方と
煙草の煙がまさにアール・ヌーボー!

 

・シャンパン(モエ・エ・シャンドン社)

モエ・エ・シャンドン 「グラン クレマン アンペリアル」「シャンパン ホワイトスター」

美しいですね~^^

左が
モエ・エ・シャンドン グラン・クレマン・アンペリアル

右が
モエ・エ・シャンドン シャンパン・ホワイトスター

 

・自転車(ウェイバリー自転車)

 

美しい女性+アールヌーボー様式の装飾

この組み合わせがミュシャの武器でした。

日本の浮世絵もそうですが

「美人画」が売れるのは
世界共通なんですね。

そしてミュシャの美人画は
変にいやらしくないのがいいです。

良い意味のエロスはあるけれど
女神様的な上品な清潔感があるので
いろんな場所に飾りやすいでしょう。

 

ミュシャの絵~装飾パネル

ミュシャ「四季」

ミュシャはポスターだけではなく
2~4点セットになった連作の
装飾パネルもたくさん作りました。

後で詳しく解説しますが
いずれも美しい女性の姿を用いて
寓意(ほのめかし)で表現しています。

装飾パネルの代表的な作品は

『四季』(1896年) が有名です。

「春」、「夏」、「秋」、「冬」

 

ミュシャの絵~アルフォンス・ミュシャの絵画

「スラヴ叙事詩」アルフォンス・ミュシャ 1910年~1928年

印刷所で働きながら
ポスターや装飾パネルを作っていたミュシャは
アメリカの富豪チャールズ・クレーンからも
金銭的援助を受けることに成功します。

こんなに次々と援助者が現れるとは
ミュシャは才能はもちろん
人に好かれる魅力もあったんでしょうね。

これで財政的な心配がなくなったミュシャは
1910年、故国であるチェコに帰国。

強力なパトロンを得たミュシャは
本格的に絵画も描き始めます。

1910年から1928年にかけて手掛けた大作
「スラヴ叙事詩」

18年がかりで描いた
壁画サイズの連作です。

サイズは小さいものでも約4 x 5メートル
大きいものでは6 x 8メートルの全20作品。

この作品はスラヴ語派の諸言語を話す人々が
古代は統一民族であったという
近代の空想「汎スラヴ主義」を基に

空想上の民族「スラヴ民族」の
想像上の歴史を描いたものだそうです。

スメタナの連作交響詩『わが祖国』から
インスピレーションを得たといわれ
完成までおよそ20年を費やしていますから
超大作ですね!

また、ミュシャは祖国に戻ったこの時期に
チェコ人の愛国心を喚起するような作品や
プラハ市庁舎のホール装飾等を
いろいろと手がけています。

1918年、オーストリア帝国が崩壊。
(チェコスロバキアが成立)

ミュシャは財政難の新国家のために
紙幣や切手、国章などのデザインを
無報酬で請け負いました。

素晴らしい愛国心です。
こういうところが愛されたんでしょうね。

ところが運命の歯車は
ここから狂い始めます。

戦争です。

1939年3月、ナチス・ドイツにより
チェコスロヴァキアは解体。

ドイツ軍はミュシャに対して
「絵画がチェコ国民の愛国心を刺激する」
という理由で彼を逮捕しました。

このとき、ミュシャはナチスは78歳。

ナチスの厳しく尋問は大きな負担となり
間もなく釈放されたものの体調を崩し死去。

1939年7月14日 没。
あまりにも理不尽な悲しい最期でした。

 

戦後に成立した共産党政権は
ミュシャと愛国心の結びつきを警戒し

ミュシャの作品はしばらく
陽の目を見なかったようです。

 

政治に翻弄された画家は
この時代多いですね。

 

しかし民衆の中では評価は変わらず
ミュシャの愛国心と作品への敬意は生き続け

プラハの春翌年の1969年には
ミュシャ絵画の記念切手が制作されました。

また1960年代以降は
アール・ヌーヴォーが再評価され

それとともに、ミュシャも高い評価を受け
現在はチェコを代表する国民的画家として
愛されています。

 

参考:スラヴ叙事詩

ミュシャの絵~サラ・ベルナールとミュシャ

フランスの大女優 サラ・ベルナール

サラ・ベルナールとミュシャの関係を
改めておさらいしましょう。

サラ・ベルナール(1840~1923)は
19世紀半ばから20世紀初めに活躍した
フランスの大女優です。

・女優
・プロデューサー
・創作者

という多彩な才能を持つ女性でした。

フランスの良き時代である
「ベル・エポック」
を象徴するような大女優です。

ベル・エポックとは?
=良き時代、美しき時代

厳密な定義ではないが、
主に19世紀末~1914年までの
パリが繁栄した華やかな時代、文化

そして前述のとおり
アルフォンス・ミュシャ
ルネ・ラリック
の才能をいち早く見抜き

彼らの才能開花させた
パトロン的人物として知られています。

2018年9月15日〜11月11日
群馬県立近代美術館で
サラ・ベルナールの世界展

が世界を初めて日本で開催されましたね。

サラは生涯を通じて
「舞台芸術」に献身しましたが

サラが主演を務めた公演のひとつ
『ジスモンダ』(1894)の
ポスターを手がけたのが
当時無名の挿絵画家だったミュシャです。

ミュシャはこのポスター受注がきっかけで
大ブレイクを果たし

アール・ヌーヴォーの旗手として
注目されました。

この後6年間、
ミュシャはサラと専属契約を結び
様々な演劇ポスターを制作し
様々な業種からもデザインの依頼を受けました。

ミュシャの絵~ミュシャの挿絵

アルフォンス・ミュシャ

ミュシャは挿画本分野でも活躍しました。

この時代の画家の映画を見ていると
才能はあるが貧しい、商売下手、
大酒飲み、プライドが高く仕事を選ぶ
・・・というタイプが多くて

生前はなかなか認められず
死後に認められるケースも多々あります。

↓  ↓  ↓

画家映画~北斎、歌麿、ゴッホなど巨匠の映画に学ぼう

 

一方で

ミュシャは真面目な人です。

若いころからコツコツ誠実な仕事をして
真面目で、手を抜かないので信頼され
その仕事ぶりが周りに認められて
ステップアップしていったイメージです。

人柄がよかったから多くの人に応援され
生きているうちから
認められたのでしょうね。

パリ生活の初期では
ミュシャは雑誌の挿絵によって
生計を立てていました。

真面目で納期もきちんと守るので
その仕事ぶりが次第に認められ、
パリの大出版社、アルマン・コラン
挿画家として活躍するようになります。

東洋的な情景を描き、高評価を得た
「白い象の伝説」では
33点の木版画が挿入されました。

挿画家としての名声を高めた
「ドイツ歴史の諸場面とエピソード」
アルマン・コランから出版された作品です。

ミュシャの代表的な作品には
年代順に以下のようなものがあります。

 

1894年『白い象の伝説』 木版画

1896年『ドイツ歴史の諸場面とエピソード』
木版画

1897年『トリポリの姫君イルゼ』リトグラフ

1897年『アダミテ』
木版画/フォトレリーフプリント

1898年『ラマ』リトグラフ

1899年『主の祈り』 リトグラフ/版画集

1900年『クリオ』 リトグラフ

1922年『UTOK MORE』 プリント

1929年『ANDELICEK Z BAROKU』
プリント

 

版画、プリントの手法は
日本の浮世絵と少し重なりますね。

次は挿画本分野において高評価を得た
ミュシャの「白い象の伝説」について
もう少し見ていきましょう。

 

ミュシャの絵~ミュシャ「白い象の伝説」

白い象の伝説 ミュシャ

『白い象の伝説』1894年刊。
(原題 Mémoires d’un éléphant blanc)

ジュディット・ゴーティエ(Judith Gautier)
の児童文学。

「白い象の伝説」ストーリー

肌の色が違うばかりに仲間から忌み嫌われ、悲しく孤独な日々を送っていた白い象。ある日見知らぬ象に誘われて、故郷ラオスの森を出る。「白い象は神の生まれ変わり」と信じる王国での、人間たちの熱狂的な歓迎と贅沢な暮らし。戦では王子を救って敵陣を突破する大活躍を見せ、人間以上に信頼された白い象は、玉のような姫の養育係に任命される。大好きな姫のそばで幸福な日々を送る白い象。しかし姫が成長し、敵国との政略結婚が進められると、敵の王子に忌み嫌われた白い象は自ら王宮を去っていく。放浪の旅、酒飲みの主人に、波止場やサーカスでの重労働。愛情も幸福もない生活に絶望した白い象の前に、再び差し込んだ希望の光とは・・・。

初版は1894年。パリ。
アルマン・コラン社から大型本で出版。

アルフォンス・ミュシャが
インクと水彩で挿絵を描き
木口木版によって本に掲載されました。
(この判型は再版がなく希少)

2005年に出版された日本語版でも
ミュシャのインク・水彩による原画を
カラーで多数収録。

ミュシャの原画そのものが挿絵に使われた
初めての版となったそうです。

「白い象の伝説」

「白い象の伝説」日本語版

細部まで手抜きなし。
ミュシャの誠実な仕事がうかがえます。

美しいですね~^^

著者のジュディット・ゴーティエ
詩人テオフィル・ゴーティエの娘で

幼少から自宅サロンで
フランスを代表する芸術家や作家と
交流をもっていたようです。

なんとあのヴィクトル・ユーゴーや
リヒャルト・ワーグナーの恋人だったとか!

アルフォンス・ミュシャによる原画は
22点が現在、堺市にある市立文化館
アルフォンス・ミュシャ館に所蔵されている
とのことです。

 

参考:吉田文訳 アルフォンス・ミュシャ画
『アルフォンス・ミュシャ復刻挿画本 白い象の伝説』
ガラリエ・ソラ、2005年10月、ISBN 4990262603

 

ミュシャの絵~「椿姫」を解説

ミュシャが描いた椿姫を見てみましょう。

「椿姫」であるマルグリットは
髪に椿を一輪飾っています。

花だけの椿はしおれます。

やがてしおれる切り花の椿・・・
この花で椿姫の悲恋を表わしているそうです。

これに対して、ポスターの左下には
緑の葉をつけた左右対称の椿
マルグリットとアルマンの
「永遠の愛」を表わしています。

唐草のように絡んだ根は
いかにもアールヌーボーらしい意匠で
二人の愛を象徴しているようです。

上の三角の枠に描かれた棘とハート
これはイバラで傷ついた心臓で
マルグリットの「犠牲の愛」の象徴。

このように
ミュシャの絵は単なるポスターではなく
細部にまで匂わせの技法を用いた
美的鑑賞に堪えうる作品だったのですね。

19世紀半ばの原作に
世紀末の新しい解釈を結びつけ
世にも美しいポスターをデザインしました。

パリの人々が熱狂したのもうなずけます。

「椿姫」原作は
1848年、フランスで出版された
アレクサンドル・デュマ・フィスの小説

名門の青年と高級娼婦の純愛が
父親によって引き裂かれる悲恋物語。

「椿姫」は犠牲の愛と永遠の愛をテーマとして
1852年サラ・ベルナールの舞台で
有名になりました。

ミュシャの絵~「四季」を解説、ミュシャ春、ミュシャ夏

ミュシャ「四季」

アルフォンス・ミュシャ初期の
装飾パネルの代表作品
連作「四季」を見てみましょう。

こちらも比喩的に
四つの季節が美しい女性で表現され
日本の浮世絵「美人画」を思わせます。
(私の意見ですが)


花が咲き乱れる木々を背景に
ヴィーナスのように美しい金髪の女性が
青い枝と自らの髪の毛で竪琴を作り
それを小鳥たちが眺めています。
優しいまなざし…純粋無垢な春。


青い夏空、真っ赤な大輪の花。
誘うようなまなざしの茶褐色の髪の女性が
水に素足を浸して涼んでいます。
恋の予感…情熱的な夏です。


紅葉した葉と白い菊の花。
お腹のふっくらした赤い髪の女性が
お皿を手にブドウを収穫しています。
懐妊している?実りの秋です。


雪景色の中、フードをかぶった
茶色の髪の女性が寒そうに身をかがめ
凍えた小鳥を手に包んで暖めています。
落葉樹の木の枝に白く霜のおりた冬です。

 

アールヌーボーの曲線を生かし
それぞれ女性たちの髪は
季節の花で飾られています。

季節を表現した「月暦画」
マンスリーカレンダーの一種。

ミュシャの絵~ミュシャ「モンテカルロ」を解説

モンテカルロ(ミュシャ)

ミュシャ「モンテカルロ」

絵の右下に見える「PLM」は
フランス鉄道会社PLMのこと。

「パリ~モンテカルロ16時間、豪華列車旅」
という企画の宣伝ポスターです。

ミュシャはこの絵でも
「列車の旅」
というテーマを直接描くのではなく

美しい少女の夢見るような表情と
背後の花輪上で羽ばたく小鳥たちによって
心はばたく旅への期待感を表現しています。

絵の左下から少女の背後に向かって伸びる
植物のツルや花輪はアールヌーボー的で
線路や汽車の車輪を象徴しているそうです。

こうして見ていくと
ミュシャの匂わせの技法がだんだんと
理解できてくる気がします。

 

ミュシャの絵~ミュシャ百合「四つの花」を解説

4つの花(ミュシャ)

ミュシャ「四つの花」1896年

アルフォンス・ミュシャの
アール・ヌーヴォー様式の装飾パネル作品

4点1組の連作「四つの花」

ローズ(薔薇)
アイリス(菖蒲)
カーネーション
リリー(百合)

ミュシャが最も得意としていたモティーフは
花の絵です。

4つの花をモティーフとして構成した
この「四つの花」は
ミュシャの作品の中でも
特に人気が高かったようです。

「私はこの中で百合が好き。」

当時の女性たちもきっと
こんな会話をしただろうなと思います^^

上で解説した連作「四季」の成功によって
ミュシャは4部作の連作を多く手がけました。

その中のひとつで「四つの花」
それぞれの花のイメージと
ミュシャらしい女神的な美女の組み合わせが
大成功していますよね。

 

ミュシャの絵~ミュシャ「ハムレット」を解説

ハムレット(ミュシャ)

ミュシャは美女の絵のイメージが強いですが
男性も描いて・・・います?

んんん? 顔は女性かな~?
(この秘密は、後程解説します)

ミュシャ「ハムレット」

ハムレットの足の下の横枠には
狂死した恋人のオフィーリアの亡骸が
花に埋もれています。

ハムレットの「剣」は
オフィーリアの心臓に向いています。

ハムレットとオフィーリアの
悲しい恋の暗示です。

ここでも象徴的な暗示、
ミュシャのお得意の技法です。

後ろに描かれた夜景、黒い衣装は
暗い結末の暗示。

ケルト文様の曲線と剣の直線。
対比効果でアールヌーボー的曲線が
一層際立ちます。

ミュシャの故郷チェコの装飾
(ケルト文化)。

ミュシャはケルトの装飾を意図して
色んな作品に取り入れているそうです。

 

さて、この「ハムレット」
シェイクスピア最も有名な悲劇ですね。

これもサラ・ベルナールが上演しました。

これ以前の公演では
女優サラ・ベルナールは
オフィーリア役を演じていました。

しかし男役のロレンザッチオがあたって
1898年はじめて
男装のハムレット役に挑戦。

これがなんと女役以上に好評で
「ハムレット」は
サラベルナールの当たり役となりました。

・・・ということで
「ミュシャが男性を描いている。珍しい~」
と思ったら

こちらも女優サラ・ベルナールさんの
男装でしたw(宝塚的な?)

「ジスモンダ」から始まって
「ハムレット」まで

ミュシャとサラ・ベルナールの
ポスター・シリーズの中で
「ハムレット」は最後の作品です。

 

ミュシャの絵~ミュシャ 代表作は?

Gismond(ミュシャ)

「ミュシャの代表作は?」と聞かれたら
まず浮かぶのがこの作品でしょう。

ジスモンダ (Poster for Gismonda) 1895年

アルフォンス・ミュシャが時の人となった
伝説的ポスター作品「ジスモンダ」

フランスの超有名劇作家
ヴィクトリアン・サルドゥーが手がけた
戯曲『ジスモンダ』

舞台女優サラ・ベルナールが演じる
ジスモンダは、主イエスを迎えるために
棕櫚(永遠の生命の勝利を意味する)を
右手に持っています。

神々しいほど凛とした表情
この絵のジスモンダの高潔な美しい姿に

主演サラ・ベルナールも絶賛した
と伝えられています。

 

アルフォンス・ミュシャ「四季2」

アール・ヌーヴォーを代表する画家ミュシャ

ポスター、装飾パネル、カレンダー、挿絵
様々なジャンルを手掛けてきたので
各分野に代表作があります。

イラストレーションとデザイン部門の
代表作としては

『ジスモンダ』
『黄道十二宮』
『4芸術』

絵画部門の代表作としては
20枚から成る連作
『スラヴ叙事詩』

その他の代表作品としては
4部作もたくさんあります。

1896年『四季』 – 「春」、「夏」、「秋」、「冬」
1897年『ビザンティン風の頭部』 – 「ブルネット」、「ブロンド」
1898年『四芸術』 – 「詩」、「ダンス」、「絵画」、「音楽」
1898年『四つの花』 – 「ローズ」(薔薇)、「リリー」(百合)、「カーネーション」、「アイリス」
1900年『四つの宝石』 – 「アメジスト」、「エメラルド」、「トパーズ」、「ルビー」
1902年『四つの星』 – 「明けの明星」、「北極星」、「宵の明星」、「月」

本当にどれも人気です。

もう選びきれませんね^^

ミュシャの絵~ミュシャと日本

アール・ヌーボーはジャポニズムで
日本の浮世絵の影響を受けましたが
ミュシャは日本に大きな影響を与えました。

ミュシャの挿絵やイラストを真似たのは
明治時代の文学雑誌『明星』で
挿絵担当者だった藤島武二です。

藤島武二による与謝野晶子の歌集
『みだれ髪』表紙(1901)

ミュシャの有力コレクションの一つは
日本の堺市にあります。

堺市立文化館アルフォンス・ミュシャ館で
一部が展示されている
「ドイ・コレクション」

「カメラのドイ」の創業者・土居君雄
商談などで渡欧する度に
ミュシャの絵を買い集めたそうです。

ミュシャの息子
ジリ・ミュシャとも親交を結び
彼の仲介によって
多くのコレクションが集まったとのこと。

1989年
土居にチェコ文化交流最高勲章が授与

1990年
土居が他界。遺族は相続放棄

1993年
土居夫妻が新婚時代に居住したことのある
堺市にコレクションが寄贈されました。

 

ミュシャの絵~ミュシャ 画集

ミュシャ

本屋でも美術館の書店に行っても
ミュシャの本がないことは
まずないくらい
ミュシャの画集は多いです。

ミュシャ画集は
ドイ・コレクションによるものが
多いようです。

『アルフォンス・ミュシャ作品集 (新装版)』
ドイ文化事業室(発売:創英社)、2004年、旧版(三省堂)1992年

『アルフォンス・ミュシャ展図録 アール・ヌーヴォーの華』
(The 50th year anniversary exhibition of Alphonse Mucha catalogue)
ドイ文化事業室、1989年

『アルフォンス・ミュシャ「生涯と芸術」展』
ペトル・ヴィトリッヒ監修東京新聞、1995年

『アルフォンス・ミュシャ復刻挿画本 白い象の伝説』
ミュシャ画/ジュディット・ゴーティエ吉田文訳、ガラリエ・ソラ、2005年10月、ISBN 4990262603

『もっと知りたいミュシャの世界』
大友義博監修、宝島社、2017年3月

『西洋絵画の巨匠 ミュシャ』
小学館、2017年3月。入門書。3冊とも展覧会に併せた出版

『ミュシャ パリの華、スラヴの魂』
新潮社〈とんぼの本〉、2018年2月

『ミュシャ作品集 パリから祖国モラヴィアへ』
千足伸行解説、東京美術、2012年3月

『ミュシャ 華麗なるアール・ヌーヴォーの世界』
ミュシャ財団監修。小学館、2019年6月

などなど・・・

巨匠の人生に興味がある方は
画家の映画を見るのがオススメです。

画家映画~北斎、歌麿、ゴッホなど巨匠の映画に学ぼう

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ミュシャの絵~ミュシャのポストカード

ミュシャ「四季2」

ミュシャはポストカードも人気です。

美術館ほかAMAZON、楽天市場などで
「アルフォンス・ミュシャ ポストカード」
で検索すると¥165~程からたくさん出てきます。

 

ミュシャの絵~まとめ

ミュシャ

①ミュシャはアール・ヌーボーを代表する画家

「画家の王」と呼ばれたハンス・マカルト
の影響を受けた。

③ミュシャの作品は美しい女性と華麗な曲線
花や星や宝石などを描いた優美なデザインが特徴

 

アールヌーボー、アールデコ~葛飾北斎のジャポニズム

いかがでしたか?

ミュシャは素敵ですね。
音楽でいうとここちよいBGMのように
(音楽家を目指していただけに)
優美で優しい作風が愛されていると思います。

ミュシャを見ていると
日本の浮世絵に通じるものがあるので
日本人にも受け入れやすいように
すごく感じました。

ということで

「ミュシャの絵」
お楽しみいただければ幸いです。

ご覧いただき有難うございました。

 

 

 

 

 

 

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ABOUT US

artjofaJOFAアートスクール校長
はじめまして。 マルチアーティストの松尾まさこと申します。 私は「アートで社会貢献!」を目指し JOFAアートスクール校長として 国内外で作家活動やアートを教える活動をしています。 「脳トレになる曼荼羅アート」では、皆さんと一緒に「アートで健康になる」ことを目的に書いています。脳トレ、癒し、ストレスをセルフコントロールできる素晴らしい「曼荼羅アート」の技法、絵が苦手でも簡単に書けるようになるお絵かきのコツ、アートが好きになる楽しい情報を幅広く発信しています。是非お楽しみくださいね。